たけとみ島とヴィラ たけとみ

《いつも慌ただしくせわしく過ごしている私たち》 ---

昔々、”贅沢”は敵といわれたことがありました。 ”ゆったりとし非日常的な空間”で、澄み切った空をを見上げて、浜辺からのちょっと湿っぽい微風に吹かれながら、ほんの少しの間だけでも、都会の喧噪と時間を忘れてゆっくりと過ごすこと

             ・・・・・・それは、

利便性の追求に忙しい今日、とても大きな”贅沢”です。そして、星砂と素朴な温かい心と祖先から受け継がれてきた「伝統的文化」の中で、せめて2〜3日だけでも”島時間”でお過ごしになってみませんか。

《八重山諸島とは》 日本列島のうち、人が住む有人離島は420余といわれています。全国の18歳以上を対象として調査会社が行った調査(平成14年5月)によれば、国内の主要35島から「観光で行ってみたい島」を聞いたところ、石垣島がトップになったそうです。2位は西表島。

この石垣島はには年間60万人弱の観光客が訪れるそうです。東京、名古屋、大阪などから直行便があり、大規模リゾ−トホテルも充実しています。この石垣島を基点として、竹富、小浜、黒島、波照間、鳩間、西表等、八重山諸島の観光は始まります。

《さてさて》 「竹富島」はこの石垣島のすぐ真向かい。船で約10分くらいのところにある素晴らしい南国ならではの気候と豊かな自然と素朴な心の一杯の島です。竹富島は東シナ海、地理的には北緯24度、東経124度の所に位置する周囲が9.2km、そして面積は僅か5.4平方キロbの小さな島です。

年間平均温度は24度C。また島の中で一番標高の高いところが24mで、島全体が国立公園に指定されていますがその指定が何と24番目の国立公園であり、昭和62年文化庁によって24番目の重要伝統的建造物群保存地域として指定されています。すでにお気づきのようにどうしたことか ”24”に深い関係があります。

《島の人口》 は324人 (平成16年3月1日現在)、世帯数127戸で、沖縄でも芸能の島として知られています。とくに豊年祭的性格の《種子取祭》に奉納される80点以上の芸能は、重要無形民俗文化財として1977年に文部省の指定を受けています。なかでも「種子取祭」は600年の歴史をもつといわれ、島の祭の中でも最大の祭りです。

《竹富島》は健康長寿の島としても有名で、全人口324人中、65歳以上は100人余 (最高齢104歳)と実に35パーセントにものぼります。

毎年その年に生まれた人々を祝う”生年祭”が開かれますが、昨年は97歳(数え年)の「まんだーら(風車)」祝には、島仲(仲里)ハル(私たちの母)が輝く主人公でした。島中を練り歩く水牛車は”あやかり”を願う人たちに熱烈な祝福を受け遅々として進みませんでした。やがて一世紀を生き抜いてきた”ハルばあちゃん”は毎日の炊事、掃除、近所とのお付き合いに元気に忙しく過ごしていましたが、去る1月23日に突然体調を崩し、亡父のもとへ旅立ちました。98歳の大往生でした。

《竹富島》 は「民芸の島」でも知られており、ミンサー、芭蕉布、麻布、絹藍、紅露、紅花などの「天然素材」を植物染料とした”ミンサー織り”として知られている「手織り」も盛んです。

この織物は通産省によって平成元年「伝統的産業品」として指定されました。この島も過疎が進み若い人々が少なくなっていますが、それでも島には「手織り」を続けている人々が残っています。

《島人たち》 はこれまで大企業によるいわゆる”リゾー開発を拒否してきました。島人たちがある意味で体を張って防いできた"自然破壊"。でも、日帰りでバタバタと慌ただしく訪れる観光客。人口324名の島に年間25万〜30万近い人々が訪れるのです。そもそも産業といえるものは僅かに”車エビの養殖”、そして観光サービスだけともいえるこの”のどかな島”に、何時しか「本土化」の波がひたひたと押し寄せてきました。

今日の日本に残された数少ない「こころの故郷」「癒しの島」は少しづづ変化してきているようです。今、島人たちは、島を守る運動・・・・即ち”町並み保存” ”伝統文化”の再認識などと上手く調和の取れた
観光資源の活用などについて力を合わせて取り組んでいます。